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ライフヒストリーの語り手と聞き手

優れたライフヒストリーを読むと作品の内容もさることながら、その過程に関心が生まれてきますね。語り手の話を聞き手がどのように聴いて、それを編集し推敲したのだろうかと想像したり、また出来上がった作品を読み手は、いわば第二の聞き手としてどのように解釈するのだろうか、とか云々。

語り手と聞き手にはそれぞれの相互作用があります。語り手に対するインタビューを行うとき、聞き手である私たちライフヒストリアンの質問の内容とか相槌の打ち方、話題を変換させていくときの促しや言葉がけする方法などを前もって準備し、戦略的に進めていかなければなりませんね。いろいろ神経を使うことが多いですね。

ライフヒストリー研究の第一人者である文学博士中野卓さんの作品やまたその解説書を読むと、中野さんの聞き手としてのスタイルが垣間見えてきます。 中野さんは、質問量が相対的に少なく、言葉自体もとても短かったそうです。話題を転換するときの質問も明示的な質問も少なかったようですね。これは意外でした。つまり、ライフヒストリーとは語り手の話が基本だということでしょう。当たり前のようですが、実はこの基本がけっこうないがしろにされる場合が多いのです。

また、中野さんは、「いつ(when)」「どこで(where)」「だれが(who)」という質問が多く、「なぜ(why)」とか「どのようにして(how)」という質問も比較的少なかったそうです。

さらに、語り手が話す内容や意味について、聞き返すことがほとんどなかったみたいですね。これは中野さんが自らの豊富な知識や経験によってその内容や意味合いが理解できたからでしょう。この視点はたいへん重要ですね。

ライフヒストリーは、聞き手が知らないことを語り手から教えてもらうという関係性の中で、語りがいろいろな形で広がっていく可能性があります。この時、聞き手の知っていることが多くなればなるほど、語り手から重要な、あるいは面白く楽しい、または秘密にするかどうか迷っているような話を聞き出したり、引き出したりすることができるのです。 語り手と聞き手の間には信頼関係(ラポール)が必要なのは言うまでもありません。信頼に根差した親密な関係があると、話題を転換するための質問や、話し手の語りを聞き手が促したり急(せ)かしたりすることも少なくなるでしょう。

聞き手から話を聴くとき、相槌はとても大切ですね。この相槌について中野さんの特徴は、「サポートする相槌」、「繰り返す相槌」、「評価的相槌」と3つに大別できます。「サポートする相槌」とは、ほとんどが「ほう」とか「はい」という短いもので、「繰り返す相槌」というのは、語り手の言葉を繰り返すことによって、サポートの度合いを刻したり語りにリズムや刺戟を与えるものです。 「評価的相槌」というのは、語り手の評価と聞き手の評価がほぼ重なり合っているとか、その場所や地域での一般的な評価がほぼ一致しているものことを指します。この「評価的相槌」には聞き手の知識と経験が不可欠ですね。 しかしながら、聞き手が「評価的相槌」を打つとき、語り手のそれと必ずしも一致せずずれることがあり、その場合語り手の話は、聞き手の解釈や評価に引きずられることも多いですね。

聞き手であるライフヒストリアンの相槌は、語り手の語りや話、解釈などをサポートしていくのです。カウンセリングを行うときの「傾聴」「共感」「受容」という原則を念頭に置きながらインタビューすることで、語り手は自由に自分の世界を広げていくことができるのだと思っているのです。

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