“ライフヒストリー良知”事業で、ライフヒストリアンとしてなくてはならない能力のひとつが、“日本とは、日本人とは何か”という命題に応えられるだけの知識と洞察力です。
私は日本で生まれた韓国人です。今から88年前、1928年に私の祖父母は朝鮮半島の南端にある貧しい農村から日本にやってきました。二男であった祖父は日本で一旗あげるため祖母とまだ生まれて間もない私の父と共に荒れ狂う玄関灘を渡ってきたのです。苦難や試練の連続であったものの、この日本の地で家族と共に心豊かな生活を送ってきました。
私は、1975年に高校を卒業してソウルにある高麗大学校という大学に入り経営学を専攻、そこでさまざまな経験をしました。ちょうど今の朴槿恵大統領のお父さんである朴正煕さんが大統領だった時代です。 1961年朴さんは軍事クデーター起こし、1979年側近に暗殺されるまでの間、韓国のトップリーダーに君臨していました。当時の韓国は極めて厳しくアジアでも最貧国のひとつでした。1965年に日韓条約を締結し日本と国交を樹立、開発独裁という手法で「漢江(ソウルの中心市街を流れる川)の奇跡」と呼ばれる経済成長を成し遂げたのでした。今韓国が国民総生産において世界トップ10に入るまでになったのは、まさに朴さんのおかげで言っても言い過ぎではないと思います。
しかし、反面、経済成長を急ぐあまり独裁政治がきつくなり、人々の人権が奪われたり自由が束縛されることも年と共に増えてきたのです。当時韓国は北朝鮮とは準戦時体制の状態(今もそうですが)で、それに対峙するため締め付けに拍車がかかっていきました。
そんな中、私は日本と韓国との比較文化について研鑽を積んでいました。専攻とは別に両国の歴史や文化に関心を持ち、日韓関係について深く思いを馳せていました。 大学を卒業してからは仕事に家庭に何かと忙しく、その思いもなおざりになっていましたが、時を経てこの事業を進める中で、改めて両国の歴史や文化、人々について研究し始めました。 特に、私が生まれ育ったこの日本や、日本人のことについてより深く知りたいとさまざまな分野の人との出会い話を聴き、良書を読み我がものにしてきました。
山本七平さんという有名な評論家で作家がいます。私はこの方の日本人論は秀逸だと思います。過去に「空気の研究」という本がベストセラーになりましたが、山本さんの日本論や日本人観は視点がしっかり定まりたいへんわかりやすい。 ライフヒストリアンとして、日本の歴史に精通していかなければなりません。特に近・現代史が大切です。しかし、それに至る古代からの歴史を知らないと道を誤ってしまいます。ものごとは常に過去の出来事によって今があり、それが未来へ続いていくからです。 その意味で、山本さんの『日本人とは何か(上)(下)』の本は、私がこれまで接してきた日本論の中でもっとも優れた書物のひとつであるのは間違いありません。
山本七平さんをはじめ、私が敬愛する司馬遼太郎さんなど、世の優れた歴史家の歴史や文化に対する考え方や理念を基本として、今、私はこの事業を展開していきたいと考えています。