ハーバード大学のエレン・ランガー心理学教授が行った実験があります。テーマは、「心の時計の針を巻き戻すと、その体にはどんな影響があるのだろうか?」ということです。
心が若返ると、本当に体も若返るのだろうか?
この実験では、1959年の世界を再現することにしています。高齢者は1959年に世界で暮らすのです。1959年というと日本では昭和34年。何年か前にヒットした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は昭和33年だから、時代が重なります。
この映画は、昭和33年の東京の下町を舞台として、夕日町三丁目に暮らす人々の暖かな交流を描くドラマで、建設中の東京タワーや上野駅、蒸気機関車や東京都電なども出てきましたね。
実験は次の通りです。
「心が若返れば、体も若返る」ことを証明するには、肉体年齢を測る何らかの基準が必要で、ランガー博士は、その基準を体重、手先の器用さ、体の柔らかさ、視力、それに味覚の鋭さなどとした。また知能テストや記憶テストも行った。さらに「見た目」の変化も測定した。
『田舎の家で一週間のんびり過ごし、思い出話に花を咲かせませんか?』として参加者を募集した。参加者は全部で16名、それを8人ごとに2つのグループに分ける。いつもと違う特別な処置を加えたグループを「実験群」、何も処置を加えないグループを「統制群」とした。 「実験群」の参加者は、1959年に戻ったつもりになって1週間を過ごす。どんな会話や討論もすべて現在形で話すようにする。過去形を使って話してはならない。参加者は、今が1959年のつもりで短い自伝を書き、当時の自分の写真も一緒に提出する。その自伝と写真は、他の参加者にも配られる。
「実験群」の合宿が終わると、次に「統制群」の合宿を始める。「統制群」もすることは基本的に同じ。しかし、彼らの自伝は過去形で書かれていて、写真も今の自分の写真。合宿所に入ってから過去の思い出話に花を咲かせることになるので、今が1959年でないということをいやでも意識することになる。
博士らは、当時の生活を徹底的に調べ上げた。当時の政治や社会、流行っていた映画やテレビ、ラジオ番組、日用品などこまごまとしたこと。例えば、1958年にアメリカではじめて人工衛星を打ち上げ成功したことは、「去年」の出来事として語られる。キューバ―のカストロが首都ハバナに侵攻したこと、アメフトのスーパーボウルの話、ヒットした映画やテレビ、音楽や本の話など、いろいろ。
その結果どうなったでしょうか?
予定の1週間が終わる前から、「実験群」も「統制群」もその態度や行動に変化が見られた。参加者全員が、食事の準備や後片付けに積極的に関わるようになり、依存的にところがなくなっていった。
テストの結果、心の持ちようが体の状態にとても大きな影響を与えることがはっきりとわかり、ランガー博士らの仮説が見事に証明されたようです。
どちらのグループも聴力と記憶力が向上し、体重が増加(いい意味で)した。また握力が飛躍的に強くなった。「実験群」の参加者は関節の柔軟性が大きく向上した。
知能テストの結果を見ると、「実験群」の63%で成績が向上したが、「統制群」では44%だった。そして、この実験を知らない第三者に、合宿前に提出された参加者の写真と、合宿後に撮影された参加者の写真を見比べてもらった。すると、「実験群」の全員について、実験後の方がずっと若く見えると答えた。
このことから、ランガー博士は、『私たちの限界を決めているのは、肉体そのものではなく、むしろ頭の中身のほうだ。「もう年だからできない」「病気だからできない」と、勝手にきめつけてしまっているだけだ』と言います。また「私たちに必要なのは、もっと「心」を重視した健康法だ。つまり、自分の健康について、頭の中で限界を決めてしまわないようにすることだ』と。
その通りですね。