ポール・トンプソンというイギリスの社会学者が書いた〈記憶から歴史へ〉という書物があります。かなり分厚い本なので読むに時間がかかりますが、僕はこの本をとても大切にしています。何故なら僕が求めていることが随所に散りばめられていますからね。
ヨーロッパでは昔から自分が生きてきた証として、自伝や回想録を書くことがさかんに行われてきました。功成り名を遂げた人ばかりでなく、ごく普通の人たち、あらゆる階級の人たち、お金があるとか豊かな生活をしてきたかを問わず、ひとりひとりの人生経験を書き綴ってきました。
これは宗教観の違いが大いにあるでしょうね。ヨーロッパではほとんどの人がキリスト教を信仰していて、神への告白というものをとても大事にしているからです。自伝は、つまり、自分の人生を神に告白することに他ならない。
それが、〈自伝は西洋の文化的所産〉と言われる所以ですね。
そのなかで、ヨーロッパにおいても語ることはできても書くことができない人たちが大勢います。ヨーロッパの国々では、それぞれにグループを作って、語り手と共に聴き手が必ず存在し、自伝や回想録を作成していくのです。
このことをオーラルヒストリーと言い、また話の聴き手をオーラルヒストリアンと呼んでいます。オーラスヒストリアンとは、いわば聴くプロであるとともに歴史家でもあるのです。
シンプソンはこう言います。「オーラルヒストリアンは、どこでもインタビューに行く。専門的なことをよく知っているお年寄りの足元に座るのだ。あらゆる人たちから聞き書かれたものは、後世に生きる人たちに計り知れない価値を与えていく。その時老年者たちは、尊厳や誇りを獲得するのである。」と。
そして、「オーラルヒストリーの衝撃的な進歩は、回想がセラピーの役割を果たすことに人々が気が付いたことだ。」とシンプソンは語っています。
ポール・トンプソンは、改めて、今僕が進めている〈ライフヒストリー良知〉の目的と価値を裏付けてくれているのです。