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過去は変えられるか?

過去は変えられるか?

人は誰しも人生を振り返ると、うまくいったことがあったものの後悔することも多く、“過去を変えられたらなぁ”と思うときがありますね。だけど、これまで起きた身の回りの出来事や客観的な事実を起こらなかったことにするーなんてぜ~ぜ~ぜったい不可能ですよね。だから一般的には『過去は変えられない』というお話になるのですが。

前回、アウグスティヌスの記憶論、「私たちの過去はどこにあるか、それは今ここにいる自分自身の心の中にあるのだ。10年前の自分も、30年前の自分も、10年前や30年前のどこかにあるのではなく、自分自身の心の中にという、極めて主観的な場所にある。」という論理についてお話しましたね。

最近、この記憶論に触れてつくづく思うこと、それは私たちが生きているのは結局『意味の世界』であって、その出来事や事実そのものの世界ではない。自分に降りかかった出来事や事実から当時とは違った『意味』をくみ取ることが実はたいへん多いことに気づかされる。

と言うことは、過去とは決して固定的なものではなく、ひとつの解釈であって、主観的な意味づけの産物であるとすれば、『過去は変えられる』のです。

このあたり、もう少し心理学的知見から究めていきますよ。