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再び『福翁自伝』について

ところで、私たちの“ライフヒストリー良知”のモデルは、福沢諭吉の自伝『福翁自伝』であり、勝海舟のお父さん勝小吉の『夢酔独言』です。『福翁自伝』は世に出す、つまり刊行することを目的として書かれた日本で最初の『自伝』ですね。

当時、慶応大学の関係者は、西洋たちの自伝を書く文化にならって諭吉に自伝の執筆を勧めていたそうです。ある時外国人から明治維新前後の実態について求められた際、速記による口述筆記という方法を思い立った。諭吉は年表を頼りながら自分の記憶を思い起こし、それを時事新報という新聞社の記者だった矢野由次郎が速記した。そして矢野が書いた原稿を諭吉自身が校正推敲した。

『福翁自伝』はたいへん読みやすく書かれています。それは速記による口述筆記だからですね。文語体が優勢であった明治時代に、速記は口語体を推し進める役割を果たしました。だけど後の資料によると矢野の原稿率が44%、諭吉の原稿率が56%。つまり口述筆記と言っても諭吉の声が大きかったのです。

諭吉は速記による口述筆記に、さらに語り手である自分自身が書く歴史を加えることで『福翁自伝』を完成させた。語り口調と書き言葉が併存している。これは私たちが口述自伝を作成するときにとても示唆に富むことなのですよ。