ところで、脳の中のたんぱく質を刺激し、シナプスを記憶にかかわる長く続く変化に耐えさせるために必要となるのは“カルシウム”ですね。このカルシウムを“カルパイン”と言います。ニューロンの結合によって記憶が繰り返し強く活性化されると、まさにその場でカルパインも活性化するそうです。すると、カルパインがシナプスの構造を変え、活性化したニューロン同士の結合を強くするという好循環が生まれるわけです。
脳の中に1,000憶あるといわれるニューロン(神経細胞)。ニューロンの唯一の目的はお互いに結び付くことです。人は老いていくとこのニューロンがどんどん死滅していきますが、ニューロン自身は何とか他のニューロンと結合してネットワークを作っていこうと探し回ります。そのためにニューロンの樹状突起を伸ばしてシナプスを増やしていこうとします。
「見る見る新しいシナプスが育っていく」と言ったのは、記憶研究の先駆者でノーベル生理学・医学賞を受賞したエリック・カルデルです。カルデルは“アメフラシ”の脳を用いて記憶に関する研究を行ってきた人です。
アメフラシのシナプスの成長速度は人のニューロンより速いため、記憶がどんなかたちで作られていくのかを調べるのにたいへん適していたそうで、また人のニューロンの働きは基本的にアメフラシとほとんど同じらしいのです。
ところで長期記憶を担うたんぱく質のひとつが“プリオン”と呼ばれるものです。アルツハイマーのことを調べていると必ずこのプリオンに行きつきますね。プリオンは記憶の長期増強とカルパインの流入が起こしている物理的な変化に永続性を与える重要な役割を担っています。
カルパインが情報伝達の流れを計画する、いわばシナプスの設計者なら、プリオンはその変化をより永続的なものにする建設作業員の役割を果たしていくのですね。