東大の名誉教授に畑村洋太郎さんという方がおられます。
畑村さんを有名にしたのは『失敗学』という学問。私たちが“ライフヒストリー良知”の事業を推進していく上で、お客さんの失敗や挫折体験を書き遺していくことが、成功や富を得た体験よりもむしろ大切だと思っています。
『売家と唐様で書く三代目』という江戸時代に作られた川柳があります。初代が苦労しながら経済的基盤を築き作った会社は、その姿を間近かで見てきた二代目によって保持され発展していきます。しかし、初代や先代の努力や苦労を知らない恵まれた環境で育った三代目は簡単にその会社を潰してしまう。こんなことがよくあるんだと皮肉って詠んだ川柳ですね。
家業をダメにした三代目が全くの能無しかと言えばそうでもない。知識だけなら人一倍身につけていることが多い。句の中にある『唐様』とは中国風の凝った書体のことで、大半の人が読めない『唐様』の文字を三代目は学び、この書体を使って『売家』の張り紙を書いたと揶揄していますね。つまり商売のことは疎いけど、どうでもよい知識だけは持っている三代目の愚かさを詠っているのです。
この句は、失敗情報の性質をよく言い表していますね。つまり「失敗や挫折情報というのは、時間の経過や幾つかの経路を通るうちに急激に減衰していく」ということ。初代から、二代目、三代目になるまでの間に、失敗した情報は隠され、成功した情報だけが遺され、三代目は初代や二代目から失敗体験を謙虚に学ぶことなく、結果的に大失敗を侵し会社を潰してしまうことになるんですね。
『顧客から失敗し挫折した体験を聞き書きし、その情報を子や孫、後世に遺す』
これが、“ライフヒストリー良知”にとって、もっとも大事な使命のひとつですね。