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ある大学教授の自叙伝

私が関わる介護施設に90歳と87歳になる元大学教授のAさん夫妻が入居してきました。

京都大学を卒業した後、関西の私立大学の講師の職を得て以来、国立大学で学生たちに経済政策を教える教授として教壇に立ち続けてきました。現在はその国立大学の名誉教授の肩書を持っています。

Aさんが入所してきた時、かばんの中にたくさんの本がありました。「これは何の本ですか」と尋ねると、「私が昔書いた経済学の専門書だよ。」と言われました。いかにも難しそうな書物で、確かにAさんの名前が書いてありました。

Aさんと私は馬が合うというか、相性がいいというか、いろんな話をしましたね。私の出身校である韓国の高麗大学校のこともよく知っていたし、いろんな分野に博学で話がひじょうに面白い。

ある時Aさんに呼ばれて、「カンさん、これを差し上げましょう。私の自叙伝です。」と一冊の本を頂きました。私が、「中高齢の人たちのライフヒストリーを聴いて文字にして、それを子や孫に遺す仕事もやっているんです。」という話で盛り上がった翌々日のことでした。

その場で概要を読んでみたのですが、たいへん難しい文字や文章が列挙していました。「これは自分が生きてきた証として書いたもので人に見せるためではないんですよ。」と照れ臭そうに言われましたね。その翌日にはもう一冊の自叙伝を娘さんに持って来させ、こちらのほうはたいへん読みやすく書かれていました。

Aさんは、昭和2年生まれですから今年誕生日が来たら91歳。驚くべきことに認知の低下はほとんど見られませんね。やはり、日々書物に親しみ、自分なりの勉強に励み、脳を常に働かせてきたからだと推測しています。さらにできるだけ自分ができることは他人に任せず自分で試みようとする。その心がけと言うか、考え方や行いが老年期には絶対必要だとAさんを見ていて、確信しています。

Aさんのように文章が書けて自叙伝として発刊できる方は多くはありません。しかし、お話ができる中高齢の人たちはたくさんいます。「その人の大切な記憶をたどりながら聞き書きし、少しでもその人が生きてきた証を綴っていこう」と、Aさんと接しながら改めて強く思っているところです。

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