前述したように、「話し言葉」と「書き言葉」には、相違点というか特徴があるのです。日本語には主語が省略されることが多いことが関係しているからでしょう。
ところで、「聞き書き」は、「話し」を「聞い」てそれを「書き」ます。それも不特定多数の人たちが「読む」意味を見出せるような文章に「書く」。それではじめて「聞き書き」が完成します。この過程は、「話し言葉」を「書き言葉」に変換する過程と考えてもいいと思いますね。こうして紡ぎ出された新しい言葉は、「聞き書き言葉」と命名すべきかもしれません。書くことの元になる「話し言葉」に独特の加工を施して「聞き書き言葉」を作り出さなければならないのです。
この時、話しをする人、「話者」が一人称で語ります。状況説明するような「第三者」の言葉を可能な限り排除し、「話者」である顧客がすべて一人で「語っている」ように書く。要するに「聞き書き言葉」で書くのです。ただ、「聞いたまんま」は書けません。一字一句変えずに書くことなんて出来ない。そこが「聞き書き士」の腕の見せ所ですね。
顧客のエピソード記憶や自伝的記憶は、遠い過去を遡るため、あいまいな部分が数多くあります。辻褄が合わない、記憶違い、作り話、妄想など、事実だけを書くというのはまず不可能ですね。聞き書き士は「話者」が語る言葉が事実なのか、そうでないかは実際わからない。質問を繰り返しながら記憶を炙り出し、矛盾点を是正していくことが必要で、それを加工しながら「聞き書き言葉」で描いていくのです。