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耳は省略をしない

紙がなかったはるか昔、まだ書きことばがほとんど普及していなかった時代、私たちの先祖たちは、その培った知識や経験を父から息子、師匠から弟子、教師から生徒の口から耳に伝えるという形で次の世代へと受け継いでいきました。

おそらく、聴く側は最大限の注意力と集中力を持って臨んだに違いありません。今のようにパソコンもレコーダーもコピーもなかった時代ですからね。 教わった内容は、少しの間違いもないままに自分の頭の中に保管した。耳で学んだ人たちは単語ひとつでさえ、省いたり変えたりすることなく、気が遠くなるような長さの教えや話を復唱することができたようでした。

古代、中国の戦国時代、7つに分かれていた国を統一したのがかの有名な秦の始皇帝。始皇帝は法家である韓非子の思想を取り入れ、それ以外儒教をはじめ百家の思想をことごとく排斥しました。「焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)」という四文字熟語が今も残っていますが、これは儒家たちを生き埋めにし儒教関連の書物をはじめあらゆる思想書をすべて焼き消したことを言い表します。 始皇帝は言いました。『すべての歴史は自分から始まるのだ、過去の歴史、思想、哲学、宗教の記録は全部焼き尽くし、儒者らは皆殺しにしてしまえ!』と。

しかし、始皇帝が死んだ後、迫害から逃れ生き残った老賢者がでてきました。この老賢者は、若い頃学んだ孔子の教えを頭の中に保管し隠し持っていたのです。老賢者はその記憶をもとにその教えを復元しました。実際、孔子の写本は何とか焚書を逃れたものがあり、後になって発見され、老賢者が復元したものと比較したところ、一言一句違っていなかったそうです。 こんなお話は、中国だけでなく古代ギリシャやローマ、インドやユダヤの世界、そして日本にもたくさん残っていますね。

こう考えると人間の記憶力というものは実にすばらしい。

「記憶力」の著者、ウィリアム・W・アトキンソンは、こう言っています。

『古代の記憶術は現代には必要のないものだが、必要が出てきたときには、現代人も古代の記憶術をまねできるのは疑いない』

『音読すると、読んでいる内容を覚えやすくなると同時に、言葉の意味が頭に焼き付けられる。音読すると黙読から生まれえない分析能力が生まれるからだ。耳は省略ということをしない。耳は目など及びもつかない繊細にして鋭敏な洞察の器だ。目を向けながら気づかずに通り過ぎてしまった言葉も、声に出して読めば大きな意味を帯びてくる。』

1862年生まれの法律家アトキンソンの言葉ですが、記憶の向上へのとても大きなヒントになりますね。

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