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東洋に自伝なし

自伝研究の第一人者は佐伯彰一という人で、これまで洋の東西を問わず、様々な自伝に関わり何冊か本を出版していますね。

佐伯さんが出した本の中に『東洋に自伝なし』という言葉がありました。これは明治時代、歴史家三上参次と言う人が新井白石の自伝を紹介論評するなかで述べているものです。「例えば、平安期に日記というものがあるが、残念ながら自伝までは成長しないまま終わって、本当の自伝は日本になかった。」といった趣旨のことを書いています。つまり、自伝は一般的には西洋のものとされていたのです。

佐伯さんによると、自伝の研究は1960年代から70年代にかけてフランスやアメリカで急に盛んになってきたのですが、その中では東洋のことについては全く無視されていたそうです。

実際には、明治には入り、有名な福沢諭吉の『福翁自伝』、内村鑑三の『余は如何にして基督信徒となりし乎』、勝海舟の父勝小吉の『夢酔独言』など、近代日本の代表的な自伝が書かれています。これ以外、著名人の自伝はかなりの数が世に出ているのにも拘わらず。

では、なぜ『東洋に自伝なし』なのでしょう。佐伯さんは、『東洋、特に日本は、“個人”や“パーソナル”に対する考え方や宗教文化が西洋とは違う。例えば、仏教では人生ははかないもので執着してはいけないという意識があるから、自伝などを書かないひとがほとんどだった。』と言っていますね。

それが、21世紀インターネットの時代になって、ブログを書いて公開したり、ツイッターやファイスブックなどのSNSが世の中に浸透するなかで、自分のことを赤裸々に綴る人たち、特に若い人たちが増えてきました。

また、音声認識AI(人工知能)によって、口述したものが直ちに文章化することができるようになり、今後、自伝文化と呼ばれるものが花開く予感がします。もはや『東洋に自伝なし』はなくなりますね。