ライフヒストリー良知

夢酔独言

勝海舟のお父さんの名前が勝小吉。この方が「夢酔独言」という自伝の遺しています。小吉は放蕩無頼を尽くした旗本で後に露天商の親分になった人です。有名な水野忠邦の「天保の改革」で不良旗本としてマークされて謹慎処分を受けている際、この自伝を一気に書き上げました。小吉が42歳の時です。

「夢酔独言」は、小吉が緻密な構想を練って書いたものではないですね。無学な人間が一念発起して書いたので文語体を知らず、話し言葉のまま書き綴っています。それが実に活き活きとして小吉の息使いがそのまま伝わってくるようです。

これを読むと、小吉がいかに度胸があり機略で富んでいたか実によくわかりますね。後に息子の海舟が徳川幕府の代表として西郷隆盛と談判し、江戸の町を戦火から守るという歴史の立役者になれたのは、まさに父親ゆずりの性格と気概があったからこそですね。

作家坂口安吾はこう言います。『海舟の親父の勝夢酔という先生が奇々怪々で、老年に及んで自分の一生をふりかえり「夢酔独言」という珍重すべき一書を遺した。この自叙伝の行間に不思議な妖気を放ちながら休みなく流れているものが一つあり、それは「いつでも死ねる」という大胆不敵な魂なのだ。親父の悠々たる不良ぶりというものは、何か芸術的な安定感をそなえた奇怪な見事さを構成しているものである。』

小吉はこの自伝の最後に『孫やひこができたら、よくよくこの書物を見せて、身のいましめにするがよい。おれの真似はしないがいい。』と言い放っています。実に気持ちがいい。

私が目指す口述自伝“ライフヒストリー良知”は、『自分の生き様が正直に語られること』『文語体でなく聞き書き言葉で表現すること』『文章を美辞麗句で飾らないこと』『孫やひ孫、後世に遺し評価されること』であり、まさに「夢酔独言」は最高のお手本なのですよ。