ライフヒストリー良知

良知の知識と智慧

聞き書き・ライフヒストリー / 書籍

≪ライフヒストリーの社会学≫

【中野卓(社会学者)】
【桜井厚(社会学者)】
●個人史の場合、本人が自己の現実の人生を想起し述べているライフストーリーに、本人の内面からみた現実の主体的把握を重視しつつ、研究者が近現代の社会史と照合し位置付け、注記を添え、ライフヒストリーに仕上げる。
●精神医学などで対象者のライフヒストリーの再構成が診断や治療に役立つのも、そのライフストーリーがフィクションでなく、自分の人生の現実を本人が自己の経験に即して語った信憑性あるものだからである。
●いろいろな他者にその人の自分史を口述してもらい、いくつものオーラル・ライフヒストリーを記述し刊行してきたが、他者のライフヒストリーを作成する場合、私はいまも口述生活史という調査法を最善の方法と考えている。
●軽視されがちだった普通の人々の生活の現実に言及するそれらのライフヒストリーで確かめ照合することにより、我々の社会の共有する既存の歴史認識を更新することも可能である。

≪記憶すること・記録すること(聞き書き論ノート)≫

【香月洋一郎(日本常民文化研究所所員)】
●自分がここに生きていることの根拠を模索していた。人はおそらく自分の人生の身の丈が見えるようになったと感じた時に彼の人生を過去として位置づけ始める。
●記憶はその事態、あくまでその人の内にその人だけのものとしてある。時の流れはそれを風化させ、何か別の枠組みを与える。記憶は枠組みとして容体化され、伝えやすいものになる。記録化というのはそうしたもの。
●民俗学は、共同体に刻まれた様々な記憶を問題とするところからスタートしている。
●まず、自由に話してもらえ、その人が一番はなしたいとことに耳を傾けることから始めろ」(民俗学者の宮本常一の言葉)
●は、今とこれからを考えるために過去を語り位置づける。人が話しをするのは、どんなことでも「その人の今」。そこでは、昔と今は常に入れ替わり、混ざり合い、その中にその人がある。
●多くの人生には、強い意志のもとにだけでなく、弱さに向き合い、不安を積み重ねた自己確認の軌跡があると思う。そんな人々と向き合っていくことが「聞き書き」の作業の中にある。
●「聞き書き」という作業を続ける限り、「記憶とは何か」という問いにつきあっていかなければならない。
●話し捨て、聞き捨ての言葉が今日では満ち満ちている。それを今、残しておこうとすると文字に頼ることになる。文字に書いておけば残る。
●話というものが一人で勝手に展開していくものでない以上、話し手と聞き手双方の「質」によって、或いは双方の関係性によって、成立する話のあり方も規定されていくことになる。
●高齢者の話を感心して納得して聞いているように相槌を打ちながら、一方で眉唾をつけている。生身の人間と生身の人間との間でかわされる会話をもとにしているだけに、しかも話し手は誠意を持って自分の記憶をもとに応じている。聞き書きという作業の一面を表している。
●不確定さを多分に含む表現世界を体系的に探ろうとする問題意識でどう包み込み、時代や社会の中で、どう受け止めていくか、その姿勢そのものが「聞き書き」という方法の一面を支えている。
●聞き手に自己鍛錬というものを絶えず要求し、人間とその生活の歴史というものに眼を開かせる重要な力として作用する。
●「聞き書き」は、民俗学にとって、主要な調査方法のひとつであった。方法と呼ばれるほどに、客観性を獲得し得るものではなく、方法として受け止めるものであれば、行えば行うほどその欠陥を認め、それに向き合っていかなければならない性格を持っている。
●多くの高齢者は、なぜ馬の骨とも知れぬ私を受け入れ夜遅くまで対応してくれたのか?

≪「聞き書き」をはじめよう≫

【小田豊二(作家)】
●「聞き書き」とは?
語り手の話を聞き、その人の話し言葉で書いて、活字にして後世に残すことだ。語り手の個性を生かす文章、地方の方言を生かす文章で書く。人は、性別、年齢、育った場所や環境、話す相手の違いなどで「話し言葉」が異なり、口癖や語尾を含め自分の言葉を持っている。話し言葉を読むことによって、読者は語り手がどんな人かわかる。語り手をよく知る人であれば。その語り手の顔や動作が浮かび、話す調子や言葉使い、語尾や口癖などで、その人らしさが表れ、その本の中でいつまでもずっと生き続ける。
◆語り手は「太鼓」、聞き手は「撥」の関係。どんな音がでるか、叩き方、撥さばきできまる。
◆聞き手が一切登場せず、すべて、語り手のひとり語り。ひとりで語る言葉の語尾やしゃべり方で、その人らしさを表すことができる。
◆「聞き手」兼「書き手」が、「語り手」にいかに憑依できるかで作品の価値が決まる。つまり「聞き書き」することで、お年寄りの人生を知り、その時の気持ちを共有し、いっしょに笑ったり、泣いたりできる。
◆「語り手」と「聞き手」が、心をひとつにして固く結びつくことによって、語り手の気持ちが聞き手にも手に取るようにわかる。

≪「書く」ための「聞く」技術≫

【小田豊二(作家)】
●私はつねづね、インタビューは、「相手の記憶を蘇らせる行為」だと考えている。お年寄りは同じ話を何度もすると言われているが、それは、自分の過去の経験のなかで鮮明に記憶している、いくつかのことだけが頭に浮かぶからである。これは一般に「記憶の島」と呼ばれている。本来「記憶」というものは、生きている間ずーと続く、いわば大陸であり、地続きであるだが、そのすべてをいつまでもはっきり覚えておくわけにはいかないので、年齢を経るごとに、不要と思われるかなりの部分が、地続きでありながら、海底に沈んでしまうのだ。これが忘却である。
●いったん大脳に貯えられていた記憶の痕跡が、以後の検索がされないまま、記憶装置の中に沈んでいる。これは、私が長い間の「聞き書き」という活動を通して実感したことだが、「語り手」であるお年寄りからその沈んでいる部分をゆっくり聞き出すと、次第にその島の数が増え、やがては、その島と島とが地続きになってつながっていく、ということがよくあった。
●「忘れていたことだけど、話しているうちに、なんだかすっきりしましたよ」
●私にとっての「聞き書き」は、インタビューを通して、水位を少しずつ下げていくことによって島の数を増やし、やがては日本列島そのものを浮かび上がらせようということである。
●誰でも「忘れている」ことや、誰かにたずねられなければ、一生思い出すことがなかった「記憶」をたくさんもっているからである。それは必ずしも「体験」や「経験」ばかりでない。「知識」「技術」や「言葉」もまた同じである。この「記憶を上手に蘇らせる」こと、これがインタビューのもつ大事な役割なのだ。

≪「聞き書き」技術試論≫

【和多田進(作家)】
●「聞きかき」とは何か?ある話し手がある聞き手に話を話し、それを聞き手が文章にする。話し手の過去の体験した「事実」の記憶をたどっていまに語るということ。ひとりの人間の一生あるいは半生、何年かの暮らしが語られる、言い換えれば、ひとりの人間の「歴史」が語られる、角度を変えて言えば、語り手の脳に貯蔵されている記憶が語られるということだ。
●この瞬間、地球上には60億人以上の人々が暮らしを立てている。生まれる人がいて、亡くなる方もいる。ひとりひとりの人間が、それぞれの生を生き、そしてそれぞれのライフヒストリーがある。そんな人間の営みや行動を自分の脳の中で想像し、その情景を一瞬止めてみる。そうすると、人類発生以来、それがずーと続いてきたのではないかという思いが湧き出てくる。ひとりひとりの生は終わり、また新たな生がはじまり・・・・。生の終わった圧倒的な量の人間の記録は、実は、ほとんどゼロに等しいと言ってもいい。
●これまでの個人の歴史、ライフヒストリーは、権力ある者、名声ある者、富ある者などが中心の歴史だったのではないだろうか。人がこの世から消え去ることは、その人固有の「記憶」や「事柄」の一切が消去される、リセットされるということだ。
●「聞き書き」の普及を進めるのには、歴史の痕跡として残ることがない「普通の人々」の語りを記録することによって、権力ある人々、名声ある人々、富ある人々たちに重きを置き続けてきた歴史とともに、もう少し「普通の人々」側に傾いた歴史を生み出すことできるという期待があるためだ。
●歴史は、言葉によって語られることは疑いの余地がない。個人のライフヒストリーもまた、言葉によって語られる。過去のことが、「いまのことば」によって語られ、それを「いまのことば」で記述するのが「聞き書き」だ。
●ことばには、「話しことば」と「書きことば」がある。「話す」ことと「書く」ことは、相当の差異がある。そう最大の相違は、「場面」をあてにできるか否か。「話しことば」の場面は、「場面」がすべて主導権を握っている。ところが、「書きことば」は、「場面」をあてにすることができず、「場面」も「ことば」で描かなければならない。
● 『たとえば、小川の向こうの咲き乱れているコスモスの群れを見ながら妻が夫に、「とって!」と言ったとしよう。言われた夫は、手にぶら下げていたカメラをコスモスの花に向ける。そんな夫を見て、妻は一瞬びっくりする。どうしてか―。妻はコスモスの花を「採って」欲しかったのだけど、夫はずっとカメラのことが頭にあって、妻に「とって!」という声で思わず写真を「撮った」わけだ。これは、妻と夫の間に「場面」についての共通理解がなかったことを示している。しかし、よく考えてみると、この誤解の原因は、「話しことば」が「場面」をアテにして成り立っていることの証拠でもある。妻は、この「場面」で「とって!」と言えば、夫が「花を摘んでくれる」ものだと思い込み、それを疑わず、夫は夫で「とる」は「撮る」ことだったのだ。』
●これが、もし、「書きことば」の世界だったらこういう誤解は生じない。「書きことば」では「場面」を描かなければならないし、文字で「採る」と「撮る」を使い分けもする。そうでなければ、不特定多数の読み手を想定する「書きことば」は成り立たない。
●「聞き書き」は、話を聞くだけでは完成しない。話しを「聞い」てそれを文章にして「書く」。それも不特定多数の人々が「読む」意味を見出せるような文章に「書く」ということだ。この過程は、「話しことば」を「書きことば」に変換する過程と考えてもいい。つまり、これが「聞き書きことば」。
「聞き書きことば」は、状況を説明する聞き手のことばを可能な限り排除し、話し手がすべてひとりで「語っている」ように書いていく。

≪インタビューの社会学〈ライフストーリの聞き方〉≫

【桜井厚(社会学者)】
●ライフストーリー・インタビューでは、語り手の発話を阻害しないように配慮しつつ、比較的自由な会話が行われる。
●語り手が「何を語ったのか」という語りの内容にややもすれば関心が集中するが、その一方で、「いかに語ったのか」と、語りの様式にも注意をはらうアプローチがある。それは、ライフヒストリーの語り手があらかじめ保持していたものとしてインタビューの場に持ち出されたものでなく、語り手とインタビュアーの『共同作品』であるとか、インタビュアーの立場を、語り手の「個人誌」に対する「影の個人誌」とよぶのは、そうした見方からでてくる。

≪ライフストーリー・インタビュー〈質的研究入門〉≫

【桜井厚(社会学者)・小林多寿子(大学教授)】
●ライフストーリー・インタビューは、人生全体を視野に入れた回顧を促すインタビューである。語り手は、還元していく力を得る可能性を生み出す。他方で、インタビューがカタルシス(精神の浄化作用)をもたらす効果があることも指摘されている。ライフストーリーを語ることによって人生に対する主体的な視点が得られ、共感的に受容されたと感じられたときカタルシスが生まれる。ライフストーリーを語ることが「人生の再吟味」であること、自分の人生に全体的な視野をもつことができる臨床的効果、あるいは自己を物語ることで経験の秩序づけをはかることの「物語効果」という意義も念頭におく必要があることも論じよう。
●これから自分史としての個人的記録の意義が問われることになるだろう。ライフストーリーと時空間的には同じ位置をしめるが、調査者に依頼、指示されたり仲間との共同によって著されたものという特質をもつがゆえに、そこにいくら他者の介在があるとはいえ、あくまでも自伝/自分史は自発的に書く行為によって製作される。ライフストーリーが、インタビューによる(質問-応答)という具体的な働きかけのある相互行為であること、書く規則とは異なる会話による言語行為である点が異なることに注意し、自分史の意義を問う必要性があるだろう。

≪オーラルヒストリー≫

【御厨貴(東京大学先端科学技術研究センター教授)】
●書く、聞くというのは、人間が人間であることを確認できる最も人間らしい行為ではないだろうか。人間の基本的な行為を今一度活き活きと蘇らせる。オーラル・ヒストリーは、そこまでの視野をもって行われる。
●オーラルヒストリーの基本は、黙って聞くことである。
●オーラルヒストリーの面白さは、自分で書いたら出てこないもの、あるいは自分で書いたら違う形になっているものを引き出すことにあるのだ。
●概して、自分が話しているつもりの話と、人が聞いている音というのは相当違う。

≪「質問力」の教科書≫

【御厨貴(東京大学先端科学技術研究センター教授)】
●質問者というピッチャーは、バッターが気持ちよく打ちやすいボールを投げる必要がある。つまり、「いい質問者」とはいかに「バッターに打ちやすい」ボールを投げられるか、おということなのだ。
●相手の話を真摯に聞くという行為は、相手の存在を受け入れることを意味する。すなわち、聞き上手はカウンセラーの機能を持つのである。
●「好奇心」は質問力を前に出すエンジンのようなものである。
●よき質問者は、相手の答えから物語を紡いでいくストーリーテラーでもあるのだ。

≪するどい質問力≫

【谷原誠(弁護士)】
●5W1H〈なぜ(Why)・何を(What)・誰が(Who)・どこで(Where)・いつ(When)・どのようにして(How)〕を意識して、明確なかたちをつくることで、質問される側だけでなく、質問する側の頭も生理される。

≪聞く力≫

【阿川佐和子(キャスター・作家)】
●インタビューは、日常的な言葉を使えば、「会話」ということ。
●相手をみるということは、すなわち相手の心の中は今、どんな状態になっているかと慮ること。
●私自身、ときどきインタビューを受ける側に回ることがある。聞き手の誘導によって、ふっと、忘れかけていたエピソードを思い出すことがある。初めて気づくこともある。そういえば、あんなことがあったとか、語っているうちに、もしかして自分はこういうことが好きだったのかと、語りだしてみて初めて、自分の脳みそが生理されることもある。
●聞き手と語り手の信頼関係をそこそこ構築しておくことが大切。
●私は相手の心の悩みを聞くことがしごとではない。ときどき「あー、アガワさんと話したら、自分の頭の中の整理がついた」と言われることがある。あるいは、「こんなこと、ずっと忘れていたのに、今日、思い出した」と驚かれることがある。

≪ナショナリズムとジェンダー≫

【上野千鶴子(社会学者)】
●口述資料の問題点として、①忘却や記憶違い、②非一貫性、③記憶の選択性、④現在における過去の想起がある。だからあてにならないのではない。だからこそ意義があり、おもしろい。                                              

教会(2)

≪ライフストーリー研究に何ができるか(対話的構築主義の批判的継承≫

【桜井厚(社会学者)・石川良子(人間・環境学博士)】

≪福翁自伝≫

【福沢諭吉(慶応大学創始者)】

≪聞き書きダライ・ダマの真実≫

【松本榮一(写真家)】

≪幇間の遺言(語り:悠玄亭玉介)≫

≪横濱物語(語り:松葉好市≫

≪サルたちの遺言(語り:三戸サツヱ〈宮崎幸島・サルと私の65年≫

【聞き書き:小田豊二(作家)】

≪在日一世の記憶≫

【小熊英二・姜尚中(編)】

 

 

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