ライフヒストリー良知

良知の知識と智慧

行動遺伝学 / 書籍

ライフヒストリー良知のコンセプトは、“後世の人々にその方の生きてきた歴史を遺す”ことです。私たちは、ご先祖や本人の知能や性格、自尊心や価値観などを把握し、遺伝として伝えていくことが極めて重要であると考えています。以下に慶應義塾大学安藤寿康教授の「行動遺伝学」について、その概略を記述します。

あらゆる行動や心の働きは遺伝の影響を受ける

知能や性格を含めたあらゆる行動や心の働きは遺伝の影響を受けるというのが行動遺伝学の原則である。「人の能力は生まれつき決まっているのか?」と考えるが普通。確かに生来の素質は要素のひとつだが、遺伝の研究を進めるほど「環境」の大切さが浮かび上がってくる。

まず遺伝に関わる誤解を解かなくてはならない。一般に「遺伝する」という言葉は、「あなたはお父さんにそっくりね」とか「両親が高学歴だから子どもも頭がよいはずだ」など、親の特徴がそのまま子どもに受け継がれるというニュアンスで使うことが多いと思うが、行動遺伝学の観点ではこの捉え方は正しくない。

「蛙の子は蛙」「鳶が鷹を生む」は遺伝的には当たり前のこと

人には2万個以上の遺伝子があり、子どもは両親からランダムに半分ずつを受け取る。その組み合わせは天文学的な数に上り、古今東西、未来永劫、一卵性双生児を除いて完全に同じ遺伝子をもつ人間が生まれることは確率的にあり得ない。一組の夫婦からでも、さまざまな素質をもつ子どもが生まれる可能性があって、兄弟でも素質は大きく異なるのが普通であり、いわゆる「蛙の子は蛙」「鳶が鷹を生む」は、どちらも遺伝的には当たり前のことと言える。

確率的には両親の値を足して2で割ったあたりとなることが多いと言えるが、それはあくまでも集団の平均であり、個々のケースを考える場合はあまり参考にならない。つまり、親を見ただけで「子どもの素質はこれくらいだろう」と判断することは誰にもできない。遺伝子にはそうした性質があるため、例えば、「○○(能力や性格など)は60%ほど遺伝の影響を受ける」という場合、「60%は親に似る」のではないことに十分に注意しなければならない。

ひとつの能力に見えても、多くの遺伝子の影響を受けている

こうした遺伝子のしくみを知ると、遺伝に関してさまざまな誤解があることに気づくかもしれない。例えば「この子は母親似だ」などと、子どもは両親のどちらか一方に似ると思っているかたがいる。目、鼻、口、眉毛、両目の間の距離、まぶたの厚み……等々、顔は数え切れないほどのパーツの集合体。それぞれのパーツが両親の遺伝の影響を受けるので、全体がどちらか一方だけに似ることはありえない。例えば、特に目の形が特徴的な父親がいるとして、それを受け継いだために全体の印象が引きずられて「父親似」と言われる場合などが多いと推測される。

また遺伝子が注目されるようになり、「○○遺伝子」といった言葉を耳にする機会が増えてきた。そのため、能力や行動などの各要素がそれぞれ単一の遺伝子で決まるイメージをもつかたもいるが、一部の例外を除き、大半は複数の遺伝子の組み合わせの影響を受ける。例えば、体重も遺伝の影響を受けることがわかっているが、これは「体重遺伝子」があるわけではなく、体質に加え、食べ物の好みや食習慣の作り方、さらにはどれくらいがまんできるかなど、実に多くの遺伝子の働きが関わっている。基本的には知能や性格も同じであり、認知能力は高いが勤勉性が低いために成績が伸びにくいといったことが起こり得るのだ。

遺伝と環境の影響はそれぞれ半々くらい

行動遺伝学では、どうやって遺伝子の影響を確かめているのかと疑問を持つ人もいるだろう。まず行動遺伝学で用いられる「双生児法」という研究法について簡単に説明したい。

一卵性双生児は、一つの受精卵から生まれた双子なので、完全に同じ遺伝情報を持っている。一方、二卵性双生児はそれぞれ異なる受精卵から生まれるため、普通の兄弟と同じく、半分程度の遺伝情報を共有している。ともに同じ環境(家庭)で育った場合、二卵性双生児と比べて一卵性双生児の方が似ていたら、余計に似ている分は遺伝の影響によるものと推察できるわけだ。

この方法を用いて世界中で遺伝の影響に関する膨大な数の研究が積み重ねられてきた。その結果、前編の冒頭で述べたように、あらゆる行動や心の働きは遺伝の影響を受けることがわかってきたのだ。どの程度の影響を受けるかは要素によって異なるものの、大雑把に言って「50%」と考えておくといいだろう。つまり、遺伝と環境の影響がそれぞれ半々くらいというわけだ。

それでは次に個々の要素がどれくらい遺伝の影響を受けるのかを見ていこう。

【知能】

行動遺伝学の中で最も多くの研究が積み重ねられてきたのが知能の分野だ。世界中の研究者により、知能は遺伝子の影響を60%程度受けることが示されている。40%が環境の影響ということになる。知能の分野では、年齢を重ねるにつれて遺伝の影響が強くなりやすいこともわかっている。意外に思われるかもしれないが、人生の前半は学校教育による環境の影響が大きいことなどが要因と推測されているのだ。

【性格】

性格には「協調性」「外向性」「開放性」「神経質」「誠実性」などさまざまな要素があるが、概して30~40%程度、遺伝の影響を受けるとされている。つまり性格においては、遺伝より環境の影響が大きい場合が多いと言える。

【自尊心】

自尊心も性格の一部と捉えられ、40%程度の遺伝の影響が認められている。遺伝よりも環境の影響がやや大きいのだが、もともとの自尊心がどの程度であるかは、遺伝子の影響が大きい。同じ被験者を対象とした2年間隔の調査では、自尊心の高低にかかわらず、大きな変動が見られないケースが大半だった。ただ、60%は環境要因ですから、環境の大きな変化によって自尊心は変動する。

【芸術センス】

芸術的なセンスは客観的・科学的な測定が困難なため、エビデンスはあまり多くない。それでも、音楽の分野でリズム感や絶対音感といった測定可能な要素では、50%程度の影響が認められた。そのことから考えると、他のジャンルにおける芸術センスも遺伝の影響があることが推測される。

【収入】

収入にかかわる要素は実に多様だ。まず知能や学歴の影響が考えられるが、それ以外にも、業界の景気や自分を育ててくれる上司やお客さんに恵まれるかといったさまざまな要因が絡み合っている。同じ職業であっても特定の要素で収入が決まるわけではない。例えば、営業スタッフは、愛嬌を武器にする人もいれば、論理的なプレゼンテーションで契約を勝ち取る人もいる。それにも関わらず、全体的な傾向としては、年齢が上がるにつれて収入に対する遺伝子の影響は徐々に強まるという研究結果がある。数えきれないほどの遺伝子による要素の一つひとつの影響は微弱だが、それが「収入」という指標に収れんされると、全体として影響力をもちやすくなるようだ。

また就職直後は、親による教育や意識づけなどの環境要因が比較的大きいのだが、社会経験を積む中で次第に本人の素因による影響が出やすくなることが考えられる。いずれにしても、収入に関しては影響を及ぼす可能性のある要素が多過ぎるため、子どもを見て「大人になったらどれくらい稼げるか」を判断しようとしてもまったく意味はない。

「環境」がととのっていないと遺伝による素質は発揮されない

知能や性格にも少なからず遺伝の影響があることを知り、どう受け止めるべきか戸惑われているかたもいるかもしれない。しかし一方では、行動遺伝学の研究成果は、環境による影響の大きさを科学的に裏づけていると言えるだろう。遺伝を研究するほど環境の大切さが浮かび上がってきたことを前述したが、これにはいくつかの重要な理由がある。

まず、当然のことながら遺伝によって全てが決まるわけではないという側面から環境の重要性を説明できる。大まかに言って遺伝と環境の影響は半々と述べたように、環境は人のあらゆる能力を伸ばすうえで非常に重要な役割を果たすのだ。ここで言う環境は、家庭や学校を含んだ「教育」と言い換えてもよいだろう。

さらに遺伝による素質を引き出すのが教育であることも注目して頂きたいポイントだ。遺伝による素質というと、本能的に自然と発現すると考えるかたが少なくない。あたかもクモが誰にも教えられずに精緻な巣を作り始めるかのようなイメージ。しかし、人の能力を引き出すためには教育、すなわち環境が欠かせない。これは英語の才能がある人を思い浮かべるとわかりやすい。いくら才能があっても単語や文法が自然と頭に湧き上がるわけではなく、教育を受けなければ英語を話せるようにはならない。バイオリンの天賦の才能があっても、やはり教わる環境がなければ弾けるようにならない。これは知能でもスポーツでも同じこと。そういう意味でも環境の大切さを強調しても強調し過ぎることはないのだ。

どうすれば子どもの才能を発見して伸ばすことができるのか

「どうすればわが子の才能を発見して伸ばすことができるだろうか」と思われた保護者のかたも少なくないだろう。実は、これは非常に難しい問題です。遺伝的にどのような才能があるかは、実際に経験してみるまで、周囲の人間はもちろん、本人にすらわからないのだ。つまり子どもの才能を発見しやすくするためには、それに出合うまで、できるだけ多様な経験をさせるべきということは確かだ。ここにも環境の大切さがある。

ここで言う多様な経験には、なるべく多様な大人から見守られる状況をつくることを含める。あらゆる場面で保護者が子どもの素質を見抜けるとは限らない。多くの大人が多角的にひとりの子どもを見ることで素質は発見されやすくなるだろう。

親が「わが子にはこれが向いている」と判断し、強制するのはあまりよい方法とは思わない。才能の萌芽は、子ども自身がおもしろがったり、やりたがったりする姿に見られる場合が多いからだ。行動遺伝学的にも、自由な環境下ほど、遺伝の影響が強まりやすいことがわかっている。行動の選択の幅が限定されておらず、自由にやりたいことができる状況では、おのずと素質が発揮される行動を取りやすいということなのだ。

素質を伸ばしていくのは子ども自身という自覚を促そう

最終的には、自分の素質を伸ばしていくのは子ども自身に他ならないと、本人に自覚させる働きかけも大切だろう。おいしいトマトを作るためのポイントは、肥料や水を多少不足させることだと言われるが、それと同じように、できるだけ多くの経験ができる環境を用意しつつ、子どもに教え過ぎずに自分で考えて学ぶように促して、本人が自分の素質を伸ばせるように心がけてることだ。

近年は遺伝子検査が一般化しつつあるなど、遺伝子に関するトピックを耳にすることが増えてきた。しかし、なかなか科学的に正確な知識が広がりづらく、誤解が多い分野であるのも確かだ。また、ときには研究成果に受け容れがたいと感じる内容が含まれる場合もあるかもしれない。それでも遺伝の働きを正しく理解することは、個人レベルでも、また社会全体を考えても、私たちがより生きやすい環境をととのえるうえで重要なことだと信じている。

遺伝子の不都合な真実《安藤寿康》

遺伝子

●人間の能力や性格など、心のはたらきと行動のあらゆる側面が遺伝子の影響を受けている。

●人間も他のあらゆる生物と同様に遺伝子の産物である。

●遺伝子の影響をみすえたうえで、環境とのかかわりを理解し、設計していくことしかない。

行動遺伝学

●遺伝とは別に家族のメンバーに類似させるような環境を「共有環境」と言い、家族のメンバーをひとりひとり異ならせるような環境を「非共有環境」と言う。⇒ 言わば「共有環境」は子育てや教育、「非共有環境」は友達や年上の人らとの関わり。

行動遺伝学の三原則

①行動にはあまねく遺伝の影響がある。
②「共有環境」の影響がほとんど見られない。
③個人差の多くの部分が「非共有環境」から成り立っている。

遺伝の影響

●人は年をとるほど遺伝の影響は大きくなる。

●遺伝は学習の仕方に関与する。

言ってはいけない(残酷すぎる真実)《橘玲》

遺伝率

①論理的推論能力-68%
②一般知能-77%
●これは知能の違いの7~8割は遺伝で説明できることを示している。

●人は両性生殖なので、子どもは父親と母親からそれぞれ遺伝子を受け継ぐ。当然、父から子、孫へと世代が替わるごとに遺伝子の共有比率は低くなる。

こころの遺伝

●行動遺伝学は一貫して、知能や性格、精神疾患などの「こころ」の遺伝が強く影響することを示してきた。

●宗教性と言語は、遺伝でなく「共有環境」で決まる。

遺伝と共有環境と非共有環境

●わたしは、遺伝と非共有環境によって「わたし」になる。

遺伝率/共有環境/非共有環境(単位%)

(1)認知能力
学業成績 55/17/29
論理的推論能力 68/0/31
言語的知能 14/58/28
一般知能 77/0/23

(2)性格
神経症傾向 46/0/54
外向性 46/0/54
開放性 52/0/48
調和性 36/0/64
誠実性 52/0/48
新奇性追求 34/0/66
損害回避 41/0/59
報酬依存 44/0/56
固執 37/0/63
自己志向 49/0/51
協調 47/0/53
自己超越 41/0/59

(3)才能
音程 80/0/20
音楽 92/0/8
美術 56/0/44
執筆 83/0/17
外国語 50/23/27
チェス 48/0/52
数学 87/0/13
スポーツ 85/0/15
記憶 56/0/44
知識 62/0/38

(4)社会的態度
自尊感情 31/0/69
一般的信頼 36/0/64
権威主義的伝統主義 33/0/67

(5)物質依存
アルコール中毒 54/14/33
喫煙(男性) 58/24/18
喫煙(女性) 54/25/21

(安藤寿康『遺伝マインド』から)

⇒親や先祖の能力や性格、才能や生活的態度を知ることは、自らの遺伝的要素や影響を知ることです。それを土台にして様々な人との関わり(非共有環境)の中で自分というものが作り上げられ、生きる上で自らの力を最大限発揮することができるのです。